両親と暮らした私が生まれ育った家ではなく、短い間を過ごした市塚の家でもなく、ここが今日から私の家。
「どうぞ。立派な家ではありませんが」
「宜しくお願致します」
「こちらこそ」
玄関の前で頭を下げあって、顔を見合わせて、二人は思わず笑ってしまった。
祝言を終え、皆を見送ったとき、日はもう暮れ始めていた。夕焼けの中で、今日夫婦になった二人は微笑んでいた。
「市塚さんからの荷物は奥の部屋に運んでありますよ」
「荷物、ですか?」
は首を傾げた。荷物と言えば、たいしたものでもなく、今日の荷物送りでも頼んだのは風呂敷包みひとつだ。
市塚に頼んだ覚えはない。
に案内され、向かった部屋には、の見覚えのない、荷物があった。
「これを、お爺様が?」
「さんの荷物だと、今日運び入れられましたよ」
そこにあったのは立派な桐箪笥と化粧台。中もしっかりと詰まっているらしい。
その桐ダンスの前に、にも見覚えのある、小さな風呂敷包みの箱がひとつ、置かれていた。
市塚なりの結婚祝いのつもりらしい。
自分達の思惑が外れた芝原の叔父夫婦は、式には出席しても、簡単にお祝いを言っただけだった。
が今朝、出立してきたのも市塚の家だったし、の嫁入り道具に関わろうともしなかった。
も自分でそれを用意するつもりもなく、荷物は両親の形見を入れた箱、ひとつだけのつもりだった。
花嫁衣裳まで用意してくれた市塚に、嫁入り道具まで頼むつもりは到底なかったし、必要なら自分で用意できたのだ。
「市塚さんなりのお祝いのつもりでしょう。お返しても仕方ありませんし」
「でも、こんな大きなもの、お邪魔ではありませんか?」
桐箪笥も化粧台も立派なもので、何もないその部屋でその存在を主張している。
「もともと何もない部屋です。さんの自由に使ってくださって構いませんよ?」
書道教室をやっているとはいえ、男の一人暮らし。部屋も余っていれば、それこそ荷物なんて殆どないのだ。
その後案内された家の中もがらんとしたもので、唯一物が詰まっていたのは、の書斎くらいだった。
「部屋ばかり広くて掃除が大変なのですが。女中でも雇いましょうか?」
「必要ありませんよ。掃除も炊事も、家事は任せてください」
箱入り娘だと思っていたにそう言われ、は少し驚いた。
自分ひとりならどうにでもなるが、を嫁に貰い、は本当に小間使いを雇おうと思っていたのだ。
しかしは必要ないと言った。
「家事全般は幼い頃から叩き込まれてきました。大概のことは出来ますので」
衣食住は生活の基本。が母から言われ続けたことだ。
それなりに裕福な家庭で育ったが、台所仕事から掃除、洗濯まで、一通りの家事はやってきた。生家より小さいこの家で、それに困ることはない。
時刻も遅く、慌しい日だったこともあり、早めに休もうということになった。
風呂に入り、いざ、閨へとなったところで、の緊張は頂点に達していた。
どうしよう…。鼓動が早すぎて死んでしまいそう。
風呂を出たが部屋に入ってきたとき、は思わずびくっと肩を揺らしてしまった。
「そんなに緊張しなくても…」
それに気付いたは苦笑いだ。これから起こる初夜に緊張しているのは解るが…。
「様…、すみません。でも、緊張が収まらなくて…」
「あなたももう、ですよ。さん」
正座をし、身構えるの向かいに座り、は優しく声を掛けた。
今日から自分も…、その事実に気付き、はまた顔を赤くした。
「……不束者ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
指を突いて頭を下げたに、も軽く頭を下げた。
は島田に結っていた髪を解き、今はそれを横で軽く結っている。来ているのは薄い寝着一枚だ。
対するも式のときは上げていた前髪を下ろし、薄い着物一枚で向かい合っている。
がの頬に手を添え、その唇に軽く口づけをしたときも、は固まったままだった。
「これも初めて?」
「はい。すべて…」
男と付き合ったことなどない。手を握る行為さえ、数えるほどしかないのだ。ましてや口づけなど、初めてのことだった。
「怖くないようにゆっくり進めてあげたいけど」
は思った。何も知らないこの娘に、怖くないことなど何もないだろう。
会ったことはないとはいえ、市塚の話を聞き、ずっと会うのを楽しみにしていた女性だ。
実際会ってみれば、その美しさに、可憐な声に、純粋な瞳に一瞬で心を奪われた。
足場の悪い場所で手を貸したときも、その手の小ささや手首の細さ、自分と余りにも違う女性にびっくりしたものだ。
自分の胸元ほどの背丈しかなく、抱きしめればその腕に隠れてしまいそうなほど小さい。
今までも女性と付き合ったことはあるが、こんなであっただろうか。
子供のような口づけにさえ顔を真っ赤にし、震えているが可愛くて仕方ない。
はゆっくりと、を胸に抱きしめた。
「様…?」
「、と。もう僕はあなたの夫ですよ?」
「…さん」
腕の中の女性から自分の名前が呼ばれ、は自分が熱くなるのを感じた。
「、一緒に幸せになろう」
「はい…」
握られていたの両手がの胸に添えられたとき、は再び口づけをした。
「やぁ…、っく、ふぁ、駄目です…、、さんっ…」
「、声を聞かせて」
「や…、恥ずかしい…」
は自分の意思とは無関係に出てくる声を必死で抑えようと、手の甲を口に当て噛んでいる。
「そんなことをしていては傷が付いてしまう」
「っあぁ…、あ、あぁ」
口を押さえていた手をどかされてしまい、は声を抑えることが出来ない。
二人はもう何も身に纏っておらず、ひとつの布団の中にいた。
は両手をに押さえられ、上にはの躯があり、与えられる刺激に身を攀じることしか出来なかった。
もうどれくらいの時が過ぎたのか、には分からない。
ただになされるまま、抱きしめられ、口づけを受け、着物を脱がされた。
身体中に触れられ、肌にを感じるたびにその部分から知らなかった熱が発生する。
初めて異性に肌を晒し、その身に触れられている。その現実を認識するたびに身体中が火照り、震えてしまう。
しかしそのたびにはを抱きしめ、優しい口づけを与えてくれる。
今自分の目の前にいる人物がであることを確認すると、の恐怖は胸の高鳴りへと姿を変えるのだ。
「、行くよ?」
その言葉を聞いて、はまた体を硬くした。
「少し痛いかもしれないけど…」
「大丈夫です。さんなら…」
既に涙目になっているの瞳に口づけをし、はの中に入っていった。
「…っ!!」
一気に押し入れ、そのすべてを入れ終えたとき、はに口づけた。
「痛いだろう?」
「…っ、大、丈夫です…っ」
痛くないはずがないだろう。の瞳からは涙が溢れていたし、その表情は苦痛を表している。
押し入れるときにかなりの抵抗もあったし、奥まで入れた今でも押し出そうと、その締め付けがすごい。
「…止めようか?」
「嫌です!」
が余りにもつらそうで、は中断を申し入れたが、はすぐさまそれを否定した。
「お願いです…、続けてください」
「・・・・・・」
の辛そうな表情を見ているのは忍びない。泣かせたくないのだ。
「さん…、お願い」
はつらかったが、それでも止めてほしいとは思わなかった。とひとつになっている、その嬉しさの方が大きく、それを逃したくなかった。
「…しっかり掴まっておいで」
布団を握り締めていたの手を自分の方に回し、は動き始めた。その体を労わるように、ゆっくりと。
自身、締め付けてくるに我慢ができなかった。
「…っ、っあ、あぁ…、ふあっ」
の声が艶かしいものに変わり、その表情も苦痛ではなく快感になる頃には、も限界だった。
腰の動きを早め、激しく動かせば、の声も一層高いものになる。
「…っあぁ、はぁっ、…あああっっ!」
「くっ…」
の中が締まった瞬間、は背中に痛みを感じ、中に欲望を吐き出した。
「…はぁっ、?」
すべてを出し終え、気付いたときは、は気を失っていた。
初めてだし、仕方ないか…。
は身を起こし、綺麗な布での身体を清めた後、同じ布団の中で横になった。
何も身に付けず抱き合えば、のまだ熱の残った肌が直接感じられる。
胸に当たる柔らかい膨らみも、細い腰も、絡まる白い足も、右手に感じる柔らかい双丘も、自分のものだと感じられる。
涙の後の残る頬に口づけをし、黒い髪に指を絡ませ、その頭を腕に抱いたまま、も眠りに就いた。