弐    忍とは恋愛しない





いい加減にして欲しい。


暇を見つけては家を訪れ、まるで自分の家のように時間を潰していく。
挙句の果てには、夜中に忍び込み、眠っている布団の中にまで入ってくる始末だ。
コトに及ぼうとはしないが、それでも顔を近付けたり、身体に触れたりしてくるのはしょっちゅうだ。
も元・忍。その気配を察し、それを避けてはいるが、いい加減、ブチ切れそうになる。

カカシと寝ていたのは、お互いが忍だったからだ。
忍を辞めた今、には、持て余した感情を晴らすためだけの、不毛な関係を続けるつもりはない。
特殊な世界を捨てたが求めるのは、先へと続く関係だ。

その相手は、カカシではない。



「…カカシ、いい加減にして。夜中に布団に忍び込むのは、犯罪行為よ」
「う〜ん、ってば柔らかい…ぐえっ!」

相変わらず音も立てずに家の中へ入り、眠りに落ちていた横にカカシが滑り込んだ途端、は目を覚ました。
そして自分の言い分も聞かず、抱きついてくるカカシに、肘撃ちを喰らわせた。

「恋人同士なら、犯罪じゃないでショ」

「誰と誰が恋人同士なのかしら?カカシさん?」
身を起こし、横になったままのカカシを睨み付けたに、当然のことのように、「俺と」と、カカシは答えた。
「一体何時からそんな関係になったのかしら?全く身に覚えはないんだけど」
「あんなコトまでしておいて、それはないでショ」

カカシの言う「あんなコト」は、にも覚えがある。だが、それとこれとは話が別だ。

大体、カカシだって承知だったはずなのだ。ただの、都合の良い関係だけだったことは。
その証拠に、彼は他の女とも寝ていた。それは主に色町の女達だったが、それでも相手がだけだったわけではない。


「たかが数回寝ただけで、恋人になるわけないでしょう?」

初めて身体を重ねたときは、お互いの名前も顔も知らなかった。
それから3年以上になるが、その回数など、両手があれば数えられる程度だ。
そんな関係に何かが産まれるわけはないのだ。

「俺しか知らないの台詞とは思えないね」

「……」
カカシの言葉に、は詰まってしまった。


「他の男、知らないでしょ?」


何でこの男が、それを知っているのだ。

確かに初めて身体を開いたのは、この男だった。色修行の実技相手も、何故かこの男だった。
その後も任務で際どいところまで行ったことはあるが、一線を越えることはなかった。
感情を持て余したときは、何故かこの男が側にいた。だから他の男は必要なかったのだ。
楽だったのだ。自分の身体を知っていて、何故か側にいた男…。

確かに他の男と寝たことはない。
だが、それを話したことなど、ない。


それでも、それが真実で誤りなどないというように堂々と言ってのけるカカシ。
彼はの反応を見て、自分の推測が間違っていないことを確信した。


「…関係ないわ。例えそうでも、これから先は違うもの」
視線を逸らしてどうにかそう言ったに、カカシの顔色が変わった。


「…!?」

気が付いたときには、はカカシに押し倒されていた。

両手を顔の脇で押さえられ、馬乗りになられたは、自分の上にいる男の行動に唖然とした。
全く反応できなかった…。

長い間別途の上で過ごし、リハビリにかまけ、修業などずっとしていない。
自分の身体が鈍っていることは自身、よく解っていたが、それでも今までは避けてこられたのだ。

そこに来て漸く、は、「あぁ、手加減をされていたんだ」と納得した。



「他の男に抱かせる気はないから」



真っ直ぐと自分の目を見つめ、真剣な声で、怒っているような声でそう言ったカカシに、は泣きたくなる思いだった。

「今までは任務だから仕方なかったけど、忍じゃないなら、もうそんなことを許すつもりはない」
「…私達はそんな関係じゃないでしょう?カカシだって他に女の人、いたじゃない」
「他の男といるのに、抑えられるほどデキた男じゃないからね」
「…任務だわ」
任務なのだ。
敵陣に進入し、派手な化粧と衣装でナリを変え、情報を聞き出すのも、油断させるのも、全て任務だ。

「任務だろうと何だろうと、惚れた女が他の男に色目使って腹が立たないわけないでしょ」



惚れた女。

確かにカカシは、今そう言った。
空耳だと、聞き違いだと、そう思いたかったが、の耳は確かに、その言葉を聞いてしまった。


「カカシとは…、忍とは恋愛しない」


はカカシを真っ直ぐ射抜き、はっきりと、告げた。

淡い初恋の相手は、忍だった。
下忍になりたての頃に憧れた、上忍。
だが、その想いを告げることも、碌に会話もしないうちに、初恋の相手の名は、慰霊碑に刻まれた。
そのとき決めたのだ。忍とは恋愛をしない、と。
忍を辞めた今なら、余計にそう思う。


「カカシ、ごめんなさい…」

「それは、俺だから?それとも俺が忍だから?」
「…そんなこと、どっちでも同じでしょ?」
カカシだから?忍だから?
そんなこと考えたって無駄だ。カカシは忍だし、それ以外ではないのだから。

「寝たのは、貴方だったから。寝ないのは、貴方だから、よ」
押さえ込まれたの両手は開放されることなく、そのまま頭上に持っていかれ、カカシの片手で纏められた。

「離して」

「嫌だね」
の要望に一言だけの返事をしたカカシは、そのまま自由になった片手での顔を押さえた。
「…っ!やめ、て…!」
身体も手も、顔さえも押さえ込まれたには、迫ってくるカカシの顔から逃げる術はなかった。
熱を伝えるように激しい口づけを、ただ受けるしかなかった。


抵抗できるはずもなかったのだ。
3ヶ月以上鍛えていない、体力の衰えたが、里随一の天才忍者なんかに、敵うはずもない。
怪我を負う前でさえ、勝つことは出来なかった。今のでは、勝負にすらならない。
いくら暴れても、抵抗しても、それは結局、の体力を奪うだけにしかならなかった。

着物を肌蹴させられても、素肌に手や唇が侵入してきても、自分の中に彼が入ってきても、どうにもならなかった。
それどころか、の熱を上げるように、快楽を導き出すように、焦らして、高めてくるカカシに、は逆らえなかった。




が目を覚ましたのは、まだ太陽も昇らない、暗い部屋の中だった。
何も身に着けていない自分と、同じように何も身に着けず、隣で眠るカカシ。

「…こんなの、強姦と一緒じゃない」
は自分の身体を見つめ、そう呟いた。

両手首には掴まれた痕が紅く残っている。胸元にも紅い花が咲き乱れ、腰は痛む。
身体を動かせば、中からカカシの出したものが零れ落ちてくる。

最悪…。

怪我を負って入院したときから、避妊薬は飲んでいない。

妊娠したらどうしてくれるのよ…。

その危険が少ないことは分かっていたが、それでもわずかな危険に、は頭が痛くなる思いだった。
こんな激しく、思いをぶつけられたのは、初めてだ。激しいけど、乱暴だけど、それでも優しくて、熱かった。

今まではもっと、冷めていた。
乱暴に扱われることも、終わった後に痛みや疲労を引き摺ることもなかった。


「こっちでも、手加減されてたんだ…」

大きな溜息を吐いて枕に顔を埋めたの背中に、カカシの腕が這ってきた。
そのまま力を入れて引き寄せられ、はカカシの腕と胸の間に挟まれることとなった。

目の前に、逞しい、古い傷跡がいくつも残るカカシの胸がある。穏やかな心音まで聞こえてくる。
こうして、情事のとき以外でカカシの素肌を見るのも、初めてだ。
コトが終わったらすぐに帰る。それが今までの関係だった。


これじゃ本当に、恋人同士みたいじゃないの。

初めて感じる、他人の素肌は、何故かとても心地好かった。
自分とは違う躯、自分より逞しい肉体と、力強い腕。自分ではない、体温。
護られているような、愛されているような、そんな錯覚に陥りそうになる。
子供の頃、母や父の腕の中で幸せだった日々を思い起こさせる。


恋愛は、しない。

それでもこの一時だけ、今だけ、この温い、甘ったるい感覚に浸っていたい。



忍こそが、自分の生きる道だと思っていた。

忍になりたいと家族を困らせ、初めて額当てを貰ったときは、興奮して眠れなかった。
中忍選抜試験に合格したときも、暗部の面を貰ったときも、不安はあっても、それよりも期待と嬉しさの方が大きかった。
修行と任務に明け暮れた。家族を失ったときでさえ、救ってくれたのは修行と任務だ。
家族が愛したこの里を護り、命を預け合う仲間達と一緒に戦う。それが全てだった。

自分で選択したことだ。

怪我を負ったのも、忍を辞めたのも、全て自分が選んだ結果だ。

それでも、全てを失った。


求めていたのは、こんな穏やかな、甘い温もりじゃない。


拒む理由も、否定する理由も、この腕から抜け出す理由もある。
でも、ここにいたい、という感情は、紛れもなく本物だった。






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