玖    心よりお慕いしています





「じゃ行ってくる」

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「いい子でお留守番してるんだよv」
チュ、と軽く触れられた唇は離れ、カカシは任務へと去っていく。
は、食卓に並べられたままの食器を片付けるために、部屋の中へと戻っていく。




病院を退院して一週間、その間にカカシは見事に体調も体力も元に戻した。
また再び、里の為に、と働く日常が戻ってきた。
だが、その日常には、がいる。


任務がないときは、『たすきぼし』の閉店時間に、を迎えにいく。
2人の休日が重なる日は、の家でのんびりと過ごす。
夜は同じ布団の中で眠りに就き、朝はに見送られ、任務へと出立する。

カカシの部屋は、まだそのまま残っている。ただ、軽い仮眠を取る以外にその部屋が使われることはない。
無理矢理鍵を抉じ開けて入ることもなく、きちんと鍵を使って、カカシはの家へ入る。
カカシ用の食器も、着替えも、彼の愛読書さえも、その場所には揃っている。




「うまくいってるみたいだな」

『たすきぼし』のカウンターで、肴は殆ど減らないのに、酒だけが減っていくアスマに、新しい酒を注ぎながら、は微笑んだ。

「他人のことばかり構ってると、紅さんに逃げられちゃうわよ?」
ばつが悪そうに注がれた酒を飲み干すアスマが、は可笑しかった。


本当は、アスマにはとても感謝している。
カカシが入院したとき、忍の規則を曲げてでも、自分に報せてくれたのは、このアスマだ。
あの一件がなかったら、今のように幸せに笑っていられることもなかっただろう。

それでも、改まって礼を言われることを望むような男ではないし、突っ込んで聞かれるのも気恥ずかしい。
はお礼の意味を込めて、美味しい酒と肴を用意する。
それだけで充分だ。


「あ〜ぁ、さんのこと狙ってた奴、結構多いんですよ〜」
別の席で飲んでいた中忍の集団から、不満そうな声が上がる。
「そりゃ、お前のことだろ」
「はたけ上忍相手じゃ、勝ち目ないっすよ〜」
突っ込むアスマに、その中忍は口を尖らせた。

「確かに忍の腕はすごいですけど、どうしてあんな本を堂々と読んで、女性に人気があるのか、理解に苦しみますね」
「そうそう、顔なんて殆ど見えないのに、かっこい〜!って騒ぐ理由が解らん!ま、確かにすごいけど…」
「忍としては尊敬するけど、あの軽さはどうなんでしょうね…」
尊敬と嫉妬を込めた中忍達の言葉に、アスマとは顔を見合わせて、苦笑いだ。

「ま、確かに女癖はいいとは言えねぇかもな。どうする?
さっきの仕返しとばかりに、からかうように問いかけてくるアスマを、は見つめた。
その周囲では、中忍達がの答えに注目しているのが判る。

「どうぞご自由に」

「最後に自分のところに帰ってくればそれでいいの、ってか?泣かせるね〜」
ひとりで勝手に納得しているアスマを、は冷たい目で見つめた。
その視線に気が付いたアスマが、を見た。

はにっこりと笑う。


「浮気だろうと遊びだろうとご自由になさったら?でも、いつまでも帰る場所があると思ったら、大間違いよ?」

?」
さん?」

の笑みは、冷たかった。

「代用品で事足りるなら、いつまでも代用品で満足してらしたらいかが?」

冷たい笑みとその後ろに見える黒いオーラに、アスマ達は、暗部時代の片鱗を見た気がした。





任務明けで待機所に顔を出したカカシに、アスマが昨夜の話をすると、「浮気なんかするわけないでショ」と、一蹴された。

ちゃん、実はすごい頑固で、怒ると怖いんだから、やめてよね」
「あぁ、俺も怖かった…」
新しい煙草に火をつけ、煙を吐き出すアスマの脳裏には、あの冷たい空気が蘇っていた。
「何せ、お師匠様は暗部々隊長殿だからね〜」
「げ…」
カカシからもたらされた衝撃の事実に、アスマは、「絶対、を怒らせないようにしよう」と心に決めた。




「ま〜ったく、アスマも失礼しちゃうよね。俺が浮気なんかするわけないでショ」

「……」

店が定休日の今日、は任務明けのカカシとともに、まったり、のんびりと過ごしていた。
浴衣姿のを、柱に凭れるカカシが後ろから抱え込み、浴衣地に飛ぶ蝶を撫でている。
カカシが着ている和服は、が仕立てた鴬色の色無地だ。
大きく肌蹴た胸元に頭を預けながら、はカカシの話す、待機所での出来事を聞いていた。

自業自得だと思うけど…。

そうは思っても、は口に出したりはしなかった。


「それにしても、もひどくない?浮気でも遊びでもご自由に、って何?」
肩越しに顔を覗かせてきたカカシをは一瞥し、浴衣の蝶を撫でるカカシの手を見た。

「そのままよ。したいならすれば?私は別に止めないし…」
「だから、しないって」
動かない蝶を撫でるカカシの手に触れ、は項垂れるカカシに微笑んだ。

「でも、他の女を抱いたあとに、私に触れられると思わないでね?」

「だから、しません、って」
触れられた手をそのまま掴み、一緒にの前に回し、自分の腕の中に抱きしめた。

「他の女抱いたって、ちっとも面白くないし、以外は興味ないよ?」
カカシとしては決め台詞のつもりだったが、には何の効き目もなかった。
「それって、経験があるから言えることよね。私も試してみようかしら?」
「怒るよ」
きつくなったカカシの腕から自分の手を外し、は再び、カカシの胸に頬を寄せた。

「今は幸せだから、ひとりで充分」
「今は、じゃないでショ」
柔らかく微笑んだの顔に手を当て、カカシは上を向かせた。
「前にも言ったけど、他の男に抱かせる気はないからね」

忍を辞めたあの日、カカシのそう言われたとき、私はなんて返事をしたんだったかしら?
そう、確か…。

「忍とは恋愛しない」

「え?」
思い出して呟かれたひとことに、カカシの顔色が変わった。
それを見て、から忍び笑いが漏れる。
「くす…、違うの。そんなこと、言ってたな、って」
「…びっくりさせないでくれる?心臓止まるかと思った」
「ごめんなさい…」
謝りながらも笑っているが、カカシは面白くない。
「機嫌直して?」
膝を立て、カカシの首に腕を巻きつけたが、頬に唇を付ける。

「…それで、今は?」
少しだけ機嫌の直ったカカシは、まだ不機嫌な様子を前面に出したまま、目の前にいるに訊ねた。
「今はどうなの?俺、一応、忍よ?」

一応、なんて、カカシは立派な忍だ。
この里随一の天才忍者で、里の内外に名が知れ渡っている、写輪眼のカカシだ。
仲間に頼られ、後輩に尊敬され、女性達に人気な、立派な忍だ。
自分の言葉に一喜一憂する優秀な忍を見て、はとびっきりの笑顔を見せた。

「はたけカカシ以外とは、恋愛できないの」

の返事に上機嫌になったカカシは、そのまま目の前にある唇に、自分の唇を重ねた。



天才で、強くて、優しくて、最高に自慢な私の忍。
一緒に戦うことも、貴方を守ることも、私にはできないかもしれないけど、せめて、愛させてください。
天才と呼ばれる貴方が、自分の望むように忍の道を走れるように。
振り返ってくれなくても、私を置いて行っても、いい。
強い貴方が、ゆっくり休めるように。優しい貴方が、その傷を癒せるように。
私はここで貴方を愛し続けるから。

はたけカカシ様。
私、は、心より貴方をお慕いしています。







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