12月31日、午後11時45分。
「大晦日のこんな時間に、スイマセン、おばさん」
「いいのよ、周助くん。どうせの我儘なんだから」
大晦日の差し迫った時間に訪ねた不二に、の母親は、すぐに理解した。
泣きながら帰ってきたまま、部屋に閉じこもってしまった娘の、その行動の理由を。
1人っ子の娘が、お隣の3兄弟を慕っているのは、ご近所なら誰でも知っている事実。
そして、その中の1人、不二周助は、高校3年生。
早々と大学への推薦入学を決め、4月から独り暮らしを始めるのは、大人たちが知っている事実。
きっと娘は、その事実を知ってしまったのだろう。
幼い頃からお隣の兄弟が大好きで、いつの頃からか、その中の1人に淡い恋心を抱くようになった娘。
きっと娘は今、生まれて始めて、「お隣り」ではなくなることに、嘆き、悲しんでいるのだろう。
例え、今日が大晦日でも、あと少しで新年でも、夜遅くても、母親は、娘の部屋へと彼を通すことに決めた。
コンコンとノックをし、ゆっくりと開けたドアの向こうには、頭まで布団を被り、丸くなっている、の姿。
物心ついたときにはもう、幼馴染みで、お隣りさんで、かわいい妹のような存在で、
そんなと、「恋人」という関係になって、もうすぐ1年。
それでも、つい2時間ほど前に彼女が言ったのは、「周ちゃんなんて、大嫌い!」だ。
目にいっぱい涙を溜めて、走り去って行った。
そうさせてしまったのは、紛れもなく不二自身で、これはの我儘でも、自分勝手でもなかった。
「、ごめんね?黙っていて」
「……」
布団の中からの反応はない。
それでも不二は、分厚い布団の上から、の頭をなで、その身体を、布団ごと、抱きしめた。
「そんなに遠くないんだよ?1時間くらいだし」
それでも、隣りじゃない。
同じ学校にいるわけでも、1分で会える場所にいるわけでもない。
1時間。その時間を必要とする距離が、にはまるで外国のように遠くに思えた。
生まれたときから、お隣りにいたのだ。
ケンカをしても、違う学校に通っていても、恋を諦める決心をしたときでさえ、夜眠りにつくときは、10メートルも離れていない場所に、彼がいたのだ。
彼が、希望の大学に合格したことは、すごく嬉しい。
1年早く卒業してしまうことは少し寂しいけど、それは生まれたときから決まっていたこと。
家に帰れば、お隣の家には彼がいた。
「休みには帰ってくるし、が遊びに来てもいいんだよ?」
「…周ちゃんは、全然平気なんだね」
「?」
分厚い布団越しに、が震えているのが不二に伝わる。
を泣かせているのは、自分。不二は胸が締め付けられる思いがして、そのままぎゅっと、力を込めた。
「平気なんかじゃない」
「……」
「でも、どうしても行きたい大学なんだ。それに、一度は家を出るつもりだったし」
幼い頃から当たり前のように近くにいた。
それが当たり前じゃなくなる寂しさは、大きな不安となって不二を襲い掛かってくる。
それでも、いつまでも子供ではいられないから。
「お隣さんじゃなくなっても、と僕は変わらないでしょ?」
「…変わっちゃうもん」
「変わらないよ。はずっと、僕の一番大切な女の子だよ」
住む場所が離れても、同じ学校にいなくても、それでも、この気持ちは変わらない。
そう自信があるからこそ、不二は家を出る決心をしたのだ。
「大学を卒業して、就職して、数年したら、戻ってくるよ?長男だしね」
「そんな先のこと、知らないもん」
布団の中から聞こえるくぐもった声は、微かに震えている。
「駄目だよ、。ちゃんと先のことも、考えてくれなくちゃ」
「知らないっ!そんなこと!」
ぎゅっと掴まれた布団を少しずらせば、の顔が見える。
それは予想通り、涙が溢れた、真っ赤な顔。
「ちゃんと考えて、。はどっちがいいの?」
「…何が?」
「やっぱり始めは2人きりがいい?僕の親と同居してくれる?」
目を丸くし、不二を見つめるの涙は、止まったようだ。
突然の話に訳が解らず、何度も瞬きをし、不二の言葉を飲み込もうとしている。
大きく開かれた瞳と、何度も繰り返される瞬き。腫れた瞼に、濡れた痕の残る真っ赤な頬。
髪はグシャグシャで、身体は布団にくるまれている。
そんなの姿に、不二は、心の奥底から、愛おしさを覚えた。
「は、僕のことが好き?」
がゆっくり頷いたのを確認して、不二は「僕もだよ」と、応える。
「なら、大丈夫。と僕は、ずっと一緒だから」
階下のリビングから、一際賑やかな声が聞こえ、不二は壁に掛かっている時計を見た。
針がカチリと小さな音を鳴らし、短針と長針はちょうど、天辺で重なった。
「Happy New Year!僕の未来のお嫁さん」
そんな言葉と共に、の唇にそっと、不二の唇が重ねられた。