セーラー服のリボンを、胸元できゅっと握る。
真新しい制服に身を包めば、立派な「女子高校生」の誕生だ。

「見て!かわいいでしょ?」
「…はぁ〜」
大きな溜息を吐いた相手を、は思いっきり睨みつけた。

、15歳。
厳しい受験戦争を乗り越えて、いよいよ明日、青春学園高等部の1年生になるって言うのに…。
クルっと回ってポーズを決めたに返ってきたのは、大きな溜息だ。

「何で溜息なの!?」
「本当に青学に来るつもり?」
「何よ!かわいい妹が後輩になるのに、嬉しくないの!?」
「……」
見慣れた制服に身を包む1コ下の彼女を見ても、彼の心に生まれるのは、嬉しさよりも後悔だ。
こんな状況になるまで、気付くことができなかった。
「…何で高等部に進まなかったの?」
「周ちゃんと同じ学校に通いたかっただけなのに、そんなにいけないこと?」
「…はぁ〜」
再び出た大きな溜息に、の怒りは頂点へと達し、そのまま部屋を出て行った。
「周ちゃんなんて、大嫌い!」という、いつものセリフを残して。


青春学園高等部2年生、不二周助。
青春学園高等部1年生、

2人は、お隣さん。いわゆる、幼馴染み、だ。



妹、もとい幼馴染みが飛び出していった部屋で、不二周助は、頭を抱えていた。
テニスコートでは「天才」と呼ばれようと、お隣のには、困らされてばかりいる。
何かあれば、すぐに、「周ちゃんなんて、大嫌い!」だ。
ワガママ、自分勝手、自由奔放、子供。それが不二のに対する感想だ。

今回の件にしたって、同じことだ。
中学受験をし、私立の女子高に通っていたは、てっきりそのまま高等部に進むのだと、不二は思い込んでいた。
だが、4月に入り、目の前に現れたのは、青学の制服を着て得意げな彼女の姿だ。
こうして、取り返しの付かない状況になるまで、不二は何ひとつ知らなかったのだ。
が受験勉強をしていたことも、青学を受験したことも、合格したことも、何ひとつ。
本当に頭が痛くなる。
小学校では、ひとつ下の幼馴染みに振り回され、怒涛のような5年間を過ごした気がする。
静かだったのは、違う中学校へ通っていた間だけ。
また、あの頃のような騒がしい日々が始まるのかと思うと、自然と大きな溜息が出てしまう。
冷静、クール、物静か。そんなのが、同級生の間での彼のイメージだ。
だが、これから少なくとも2年間は、そんなイメージを保てそうにもない。
「はぁ〜」
彼はまたひとつ、大きな溜息をつき、これから始まる地獄のような日々を呪った。



「信じられないっ!」
折角着た制服を脱ぎ捨てて、は大きな声で叫んだ。
てっきり喜んでくれるかと思ったのに、彼の返事は、大きな溜息だ。

不二周助とは、生まれたときからずっと一緒だった。
1人っ子のにとって、お隣の3兄弟が羨ましくて仕方なかった。
1番上の由美子はお姉ちゃんで、1コ上の周助はお兄ちゃんで、同じ年の裕太は親友だ。
かわいい制服に釣られて入った女子校は、それなりに楽しかった。
でも、それなりでしかない。
お隣の兄弟が誰もいない中学生活で知ったのは、初めての「独り」だ。

バカ!バカ、バカ、バカ!人の気も知らないで・・・!

溢れ出そうになる涙を、はぐっと押さえ込んだ。
寂しかったとき、悲しかったとき、悔しかったとき、を慰めてくれる温かい手は、学校にはなかった。
大学生の由美子も、テニスに夢中な周助や裕太も、の側にはいてくれなかった。
涙を押さえ込む方法を覚えたのは、間違いなくこの3年間だ。
「バカ周助!大嫌い…!」
少しだけ漏れてしまった涙が、の視界を歪める。そこに映るのは、ずっと夢見ていた、青学の制服だ。

小さいころから、周助はずっと、「お兄ちゃん」だった。
それが別なモノへと変わっていったのも、離れていた3年間のことだ。
「大嫌い…」
夢見てた、ずっと…。同じ制服を着て、同じ学校で過ごすのを。
周助の溜息が、がっかりしたあの顔が、脳裏に焼きついて離れない。

楽しみにしていた高校生活が、入学式もしないうちから、地獄のように思えた。









「新入生代表、1年5組、
「はい」

不二は一瞬、自分の耳を疑った。
入学試験成績トップが選ばれるはずの新入生代表宣誓。そこに呼ばれたのは、自分が良く知る名前だった。
同姓同名の別人かと思えば、壇上へ上がったのは、間違いなく彼の知る、彼女。
緊張した様子もなく、堂々と「宣誓書」を読み上げる彼女。
それは、周助の良く知るとは、まるで別人だ。
落ち着きがなく、いつも転んで、泣いて、はしゃぎまわっていた。
そんな幼馴染みの姿は、壇上の彼女には、何ひとつ見つけ出すことができなかった。

真新しい制服に身を包んだ新入生に、式場内のすべての人間が注目している。
成績トップという興味、女子だという好奇心。
間違いなく彼女は、1番有名な新入生となった。少なくとも、今この時点では。



「新入生代表」という大役を終えて席に戻ったは、周囲の好奇の視線が自分に注目していることに気が付いていた。
だが、そんなことは気にならない。ただ前を見て、座っているだけだ。
まさかトップだとは思わなかったが、それでもそれなりにいい成績を取った自信はあった。
青学の模試判定は、常にAプラスだった。内申で落ちることなど、有り得ない。
「お嬢様学校」と呼ばれる場所で過ごした3年間、はそのほとんどで1番上に名前があったのだから。
小学生のときは、いつもお隣の幼馴染みたちと遊んでいた。
周助がいなくなって、その空いた時間を埋めたのは勉強で、そのおかげで難関の私立中学に合格できた。
裕太もいなくなってからは、余計に時間が空いた。
勉強に励んで、クラブ活動に励んで、生徒会活動に励んで、そうやって3年間を費やしたのだ。

楽しくて、嬉しくて、期待に満ちた入学式になるはずだった。
でも、いざ当日を迎えてみれば、夢にまで見たこの制服も、同じ構内に彼がいることも、全然嬉しくなかった。
それなのに、壇上の上から彼を探してしまった自分に、は嫌気が差す。

もう、忘れるって決めたのに。諦めるって、散々自分に言い聞かせたじゃない。

涙は出てこない。心の奥底で渦巻いている感情だって、顔には出さない。
それが、甘える人が誰も居ない3年間で、が身に付けた、処世術だった。





入学式が終わった教室で、話題に上がるのは、新入生代表の彼女のことだ。
「ねぇねぇ、不二。あの子、かわいくない?」
「そう?」
「そうだよ〜!」
隣の席で騒ぐ友人と同じように、教室のあちこちで男子たちが噂している声が耳に入る。
女子も例外ではない。
どこから聞き入れたのか、が有名なお嬢様学校出身だということまで広まっている。

がかわいい?
確かにかわいいと思う。自由奔放にはしゃいで、泣いて、自分に甘えてくる姿は、それなりにかわいい。
でも、クラスメートが言う「かわいい」とは、意味が違う。
不二が思う「かわいい」は、あくまで妹のように自分に懐くその姿にであって、決して壇上で挨拶をするの姿にではない。
「不二のタイプじゃないの?」
「そうかもね」
「変なの〜。髪がサラサラってしてるし、小っちゃいし、お人形さんみたいじゃない?」
お人形?あのオテンバなが?
真実を知らないっていうのは、幸せなことだね。
夢見るクラスメートたちを馬鹿にするように、不二は心の中で笑った。



「よろしくお願いしまっす!」

仮入部もまだ始まっていないというのに、テニスコートに姿を見せた新入部員は、お馴染みの顔ぶれだ。
「またよろしくね。海堂、桃」
「ウイッス」
さらに背が伸びた2人も、そのツンツン頭とバンダナは一緒だ。
今日はまだ2人だが、仮入部が始まれば、さらに知った顔が増えるだろう。

「ねぇねぇ、桃。あの新入生代表の子、同じクラス?」
ここでも同じ話題だ。
教室でも騒いでいた菊丸が、同じ新入生の桃城に話しかける。
「俺は違いますけど、海堂の奴が同じクラスですよ」
「メルアド、交換したっス…」
「え〜、海堂、ズルイC〜」
少し頬を赤らめた海堂も、羨ましがる桃城も、そのメルアドを聞き出そうとする菊丸も、何だか気に入らない。
のメルアドなんて、とっくに知ってる。ケイタイの番号も、家の電話番号も、もちろん家も。
そんな当たり前のことに優越感を持っている自分を、不二は奇妙に感じた。

ホント、軽率だよ。
今日会ったばかりの男とメルアドを交換するなんて、世間知らずも度が過ぎてるんじゃないの?
これだから女子校育ちは…。家に帰ったら、しっかりと言い聞かせなきゃ。

不二周助は、そう、心に決めた。







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