せやかて、しゃぁないやん?
そりゃ、彼女は大事やで。せやけど、「好き」とか、「2番目でもいいの」とか、瞳ウルウルさせて言われてみぃ。
例え本心やないと解っとっても、男ならグラッと来ぃひん?
しゃぁないやん。女の子は皆、可愛いし、男は可愛い女の子に「お願い」されたら、断れんもんやろ?





 最低 1





「サキと寝たって本当なの!?」
「しゃぁないやん。1回だけでいいから、って泣かれてもうたんやから」
「泣かれたら、侑士は誰とでも寝るの!?」

誰とでも、ってことはあらへんなぁ。いくら泣かれても、やっぱり食指が湧くんは、それなりに好みの子だけやしな。


鬼のような形相で、自分を睨みつける彼女を見ながら、忍足侑士は、ぼんやりとしていた。
「侑士!聞いてるの!?」
「聞いとるで。それで、どないするん?」
「……ッ!」
言い訳も謝罪もない侑士に、対峙する女の表情は更に鬼に近付く。
それでも、彼は、表情も変えることなく、ただ、その変わり様を見ているだけだ。

ほんま、よう言うわ。自分かて、俺に彼女いるの知っとって、泣きながら同じようなこと言っとったくせに…。
怒っとっても可愛ぇのは、本気やないときだけやな。本気で怒っとるときは、ただウンザリするだけや。


女の右手が大きく挙がる。
それを避けられないほど、反射神経がないわけではないが、彼は黙ってそれを受けた。

バチンッ



走り去っていく女を追うことも、見ることすらしない。彼はただ、少し赤くなった自分の頬に、手を当てるだけだ。

いつものこと。

付き合っている恋人がいることなど知っているくせに、女達は自分を捧げようとする。
「1回だけ」「本気じゃなくてもいい」「2番目でもいい」と言いながら、それが彼女にバレ、別れると、ちゃっかりとその恋人に位置に座る。
その後は、自分のしたことは忘れ、他の女の出現に怒る。そして、叩かれるか、喚かれるかして、破局。

今回は長く持った方だ。1ヶ月以上付き合っていたのだから。
だが、結局同じこと。

どうせ一週間もしないうちに、ここ1ヶ月の間に寝た女の誰かが、新しい恋人になるのだろう。
別れた女は携帯電話の中から消え、代わりに一番早く、破局の噂を嗅ぎつけた女が、「アドレスナンバー001」に登録されることになる。



「はぁ〜、メンド…」
走り去った元・恋人のアドレスを削除し、携帯を手に、忍足は大きく溜息をついた。



「最低」


ふと、呟かれた声に、その声がした方を向いた。彼の目に映ったのは、真っ白なコートに身を包んだ女だった。



「覗き見は良くないとちゃうん?」

「ここは公共の場です。あんな大声で話していれば、嫌でも耳に入ります」
「…ま、それもそうやな」と、忍足は周囲を見回す。
薄暗くなり、自分達以外人影は見えないものの、確かに公共の場。ここは公園だ。覗き見だと相手を責めることはできない。

「お話を聞いたことは謝りませんけど、余計な口出しでした。申し訳ありませんでした」
丁寧に頭を下げ、そのまま歩き出した白いコートの女を、忍足は引き止めた。

「何かご用でしょうか?」
「…やっぱり、俺って最低に見えるん?」
「……」
「せやけど、しゃぁないやん?女の子は可愛いし、お願いされたら断れんやろ?」
自嘲気味に話す忍足を、彼女は真っ直ぐ見つめる。その瞳には、何の表情もない。

「私の個人的な意見ですけど」
「ん?」

「お願いされて断れないのは、貴方にとってそれが大切なことではないからでしょう?」

「女の子は大切やで?」

「女の子は大切でも、お付き合いされている女性も、お願いしてきた女性も、貴方にとってはどうでもいいのでしょう?
私なら、大切な方を傷つけ、失ってまで、他の方のお願いを聞く気にはなれません。
それに、失いたくないものは、最後まで縋りつきます。泣いてでも、しがみついてでも、どんな手を使っても」


はっきりと自分の意見を言い、その場を去っていく彼女の後ろ姿を、忍足はずっと、その姿が見えなくなるまで、見ていた。



泣いて、しがみついて、どんな手を使っても、失いたくない。
そんな想いを恋人達に対して感じたことがあっただろうか。
自分から別れを切り出すことはない。いつもフラれるのは、忍足の方だ。
だが、未練も後悔も感じたことはない。


そう、白いコートの彼女が言ったとおり、本当はどうでもいいのだ。
女の子は好きだし、一緒にいるのは楽しいし、身体を重ねるのも気持ちいい。だが、それだけだ。
すぐには名前も思い出せないような過去の恋人達も、浮気相手達も、結局は一緒なのだ。

皆、大切な女の子。

テニスや仲間達よりは大切ではなく、自分自身や1人の時間よりも大切ではない。
どうでもいい怠惰な日常や、何の意味もなく過ぎていく時間よりは、少しだけ大切な女の子。

そう。今さっき別れた元・恋人も、今まで寝た女達も、すべて、その程度に、大切な女の子だ。



真っ白いコートに、肩までの真っ黒な髪。フワフワと消えていった白い息に、揺らがない黒い瞳。

忍足の脳裏に残ったのは、冷たい空気にひりひりと痛む自分の頬を叩いた、数分前までの恋人ではなく、
自分のことを「最低」と言い、謝った、名前も知らないひとりの女だった。





3日後、忍足の携帯電話にはまた、「ナンバー001」が登録される。

「彼女にして」といったその相手に、一瞬、「最低」というあの声が蘇ったが、忍足の返事はいつもと同じだった。


例えば校内で、肩までの黒い髪を見るたびに、何かが過ぎっても、
例えば街中で、白いコートを見るたびに、振り向いてしまっても、
例えば公園で、2週間だけの恋人と別れた後、何故かその場に留まってしまっても、

忍足の横には、また、恋人がいる。

テニスや仲間、自分よりは大切ではないけれど、それでも大切だと、彼がそう思っている女の子が。








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