有名なお嬢様学校の制服に身を包んで、校門の前に立っとった。
確かに初めて会うたときは、お互い、コート着とったけど、鞄の校章から学校を知ったんやと、そう思うた。
俺がそうやったみたいに。
せやかて、誰かてそう思うと思うわ。
誰か待っとるみたいやったのに、自分の方を見て、にっこり笑ったんや。まさしく、待ち人来たる、ちゅう感じやったわ。
まぁ、確かに待ち人は来たんやろうけど、な。
最低 2
「あれ〜、校門で女の子が待ってるよ〜」
ジローがそう言う前から、忍足は気が付いていた。
校門が目に入った途端、氷帝のものとは違う、セーラーのワンピースタイプの制服。ここ2ヶ月、ずっと気になっていた制服だ。見間違えるはずもない。
始めはその制服で、次は黒髪。背格好が似ていると感じ、ジローの言葉に皆が注目する頃には、もう、忍足はそれが誰なのか、はっきり理解していた。
氷帝に知り合いでもおるんか?ひょっとして…。
そんな忍足の予感は、次の瞬間、確信へと変わった。
ジローの声に気が付いたのか、それまで真っ直ぐ、外を見ていた彼女が、忍足達の方を振り向いた。
何かを探すように視線を泳がせた後、彼女は、嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。
それを見た途端、忍足は思ったのだ。やっぱりそうやったんや、と。
だが、仲間達より一歩先に出ようとした忍足の横を、彼より早く、小走りで追い越していった影があった。
「どうした?」
「ごめんなさい、連絡もしないで…。携帯つながらなくて」
「あぁ、部活中は切ってあるからな」
忍足の横を通り、校門に立つ彼女の前まで行った人物は、ポケットの中から携帯を出し、電源を入れた。
「今日、お邪魔しても大丈夫?」
「何だ、別にここまで来る必要ねぇじゃねぇか」
「それは、一応、ね」
優しく微笑む彼女の視線は、忍足ではなく、彼女の目の前にいる人物だけに向けられていた。
「な〜んだ、跡部の知り合いかぁ」
「…カノジョ、かな?」
「そうかもな。女に駆け寄る跡部なんて見たことねぇし」
仲間達の会話が、忍足にはまるで別次元のことのように聞こえていた。
視線の先にあるのは、跡部に微笑む彼女。
「跡部〜、紹介して」
「ア?」
「初めまして。です」
ハジメマシテ?
追いついた跡部の部活仲間に、頭を下げて微笑んだ彼女は、まるで忍足のことなど全く覚えていないというように、皆に、挨拶をした。
「跡部のカノジョ?」
「ア?まぁ、カノジョっつぅか…、婚約者だ。一応な」
コンヤクシャ?
「こいつもいるし、先に帰るぜ」
「部活動、お疲れ様でした。失礼します」
迎えの車に乗って消えていく彼女と跡部も、周囲で自分と同じ年の仲間に婚約者がいたという事実に驚いている仲間達も、忍足にはまるで現実味がなかった。
まるで夢の中の出来事のような、スクリーンの向こうの出来事のような、そんな感じだった。
初めまして…?
よくよく考えれば、判ることだった。
3ヶ月前、たった1〜2分、話しただけの、名前も知らない相手。彼女は言っていたではないか。自分のことを、「最低」だと。
そんな相手の学校を調べ、わざわざ会いに来る理由など、何もない。
婚約者…?
別に不思議でも何でもない。
跡部みたいな富裕層の人間には、生まれたときから婚約者がいたって、別に驚く話じゃない。
有名なお嬢様学校に通うくらいだ。きっと彼女も、跡部と同じ階級の人間なのだろう。
何でもないことだ。ただ、以前に会ったことがあるだけ。ただ、自分がそれを覚えていただけ。
彼女は自分を覚えていなくて、彼女は大事な部活仲間の婚約者で。
ただ、それだけのことだ。
「景吾さん。あの眼鏡を掛けてる方、会ったことがあるわ」
「忍足と?」
「忍足さん、って言うの?」
「気に入ったんなら、紹介してやろうか?」
「ん…、遠慮しておく。景吾さんと同じくらい性質が悪そう」
「ア?」
「幸せな恋愛できなさそう、…2人とも」
部活を終え、着替えている跡部の背中に、忍足は女の痕を見つけた。
「跡部。それ、この前の婚約者ちゃん?」
「ア?んなわけねぇだろ」
「は?」
「3年の女だよ。ま、最も名前も覚えちゃいねぇけどな」
「……」
跡部の女関係が、自分と同じように清廉潔白でないことは、忍足も知っていた。
実際にその現場を見たわけでもなく、噂だけだが、それでも近くにいる分、その噂が噂だけではないことを知っている。
それに対して、今まで何とも思ったことはなかった。
自分には一応、カノジョという名の1人がいて、別の女とも寝る。
跡部は、特定の相手を作ることはせず、気に入った女と寝る。
違うように見えて、同じことだ。同じように不誠実で、どうしようもない。
だが、と、忍足は思う。
なら、婚約者って何やねん…。
「婚約者がおるんに、フラフラしとんのか?」
少し怒気を含んだその声に、跡部はロッカーへ向けていた顔を、忍足の方へと向けた。
「のことなら、あいつも承知だぜ?」
「承知って、何やねん!」
「……」
今まで自分の女関係に、呆れはするものの、口を出してきたことはなかった。
中等部時代からの付き合いの、忍足の初めて見る表情に、跡部は少し驚いた。
「…そういや、お前。と会ったことがあるらしいな」
「…1回だけやけど」
彼女は自分を忘れていたわけではなかった。その事実に忍足は何故か、心の靄が少し晴れたような気がした。
「気に入ったんなら、紹介してやろうか?」
に言ったように、忍足にもそう言った跡部に、返ってきた返事は、と同じものではなかった。
「何やねん!お前さんの婚約者やろ!?」
「まぁな。でも、俺はあいつが誰と寝ようと構わねぇぜ?ま、くだらねぇ男なら話は別だけどな」
自分の婚約者を、いとも簡単に「紹介する」と言う跡部に、忍足は憤りしか感じなかった。
「跡部、お前…、変や」
「はん!変なのはお前だろ?忍足。俺の女関係にお前が口出すなんて、初めてじゃねぇか?」
着替えを終え、まだ練習着姿の忍足を置いて、跡部は部室を出て行った。
何やねん…。
失いたくないものは、縋りついて、泣いて、しがみついて、離さへんのやろ?
それとも、こういう関係が、縋りついてでも失くしたくないものなんか?それほど跡部が大切なんか?
「失いたくないものは、最後まで縋りつきます。泣いてでも、しがみついてでも、どんな手を使っても」
真っ直ぐな瞳でそう言った彼女の一言一句を、忍足ははっきりと覚えている。
最後まで縋りつく、いうんは、こういうことなんか?
どんな手を使っても、いうんは、こないなことなんか?
忍足は何故か、に裏切られたような、嘘をつかれたような、そんな気持ちでいっぱいだった。