どうして会いに行ったんか、どうして話をしたんか。それは今でも解らん。
ただ俺は、仕返しをしたかったんや。俺に、「最低」と言った彼女に。
最低 3
「どうしたんですか?こんなところで」
「ちゃんに会いに来たんや。仲良ぉしたい思うてな」
彼女の高校前で待ち伏せをして、大切な女の子達に向ける笑みを向ければ、彼女の反応は明らかだった。
胡散臭い。
「跡部に許可ももろうたしな。デートしても構へんそうや」
傷付けたくてそう言った。
「跡部の情報も入るで?気になるやろ?婚約者としては」
傷付いた表情が見たかった。
「あいつも好き勝手やっとるし、ちゃんが遠慮する必要はないやろ?」
彼女の大切なものが、壊れていく様を見たかった。
「確かに景吾さんの情報には少し興味ありますけど、私は別に、貴方とお付き合いする気はありませんので」
彼女の瞳は揺らがず、真っ直ぐなままだった。
それから忍足は、跡部から聞きだしたの携帯に、毎日のようにメールを入れ、時には直接電話をかけた。
内容は、いつでも跡部の女関係。
事実も、噂も織り交ぜて、の心を傷付けるために、の大切なものを壊すために、忍足は連絡を取り続けた。
だが、の返事は、いつも同じ。
「ご親切に、ありがとうございます」
たまの部活休みに、直接会って伝えても、の態度は何も変わらなかった。
彼女の瞳は真っ直ぐなまま。
彼女の大切なものは、壊れない。
何の反応も示さないに、忍足は、情報に自分のことを織り交ぜるようになった。
学校や部活での出来事、女と別れた話、浮気の話、趣味の映画の話。
跡部の情報ではなく、自分のことを伝え始めると、からは別の返事が返ってくる。
彼女の学校の話や、趣味の話、友達の話。
忍足の情報から跡部が消えるころ、彼は、からの返事を、彼女と話すのを、彼女と会うのを、心待ちにするようになっていた。
仕返しで、復讐で、傷付けることが目的だった。
だが、いつしか、それは自分の大切な女の子達より、大切なものになっていた。
彼女が悩んでいれば、本気でその相談に乗ってしまう。
彼女が困っていれば、すぐにでも駆けつけたくなってしまう。
彼女が落ち込んでいれば、抱きしめたくなってしまう。
彼女が喜べば、自分も温かい気持ちになる。
彼女が笑えば、それだけで自分も笑顔になる。
彼女が幸せなら、それですべてがいいような気さえしてしまう。
こんな気持ちを何と呼ぶのか、彼は知らない。
否、知ってはいても、認めたくない。
今までのカノジョ達にも、浮気相手の女の子達にも、感じたことのなかった想い。
だが、その想いの先にあるのは、跡部の婚約者だという現実。
目を背け、真実を避け、誤魔化し続けている。
そんな関係は、すでに半年を過ぎようとしていた。
3ヶ月以上も、空席なままの、アドレスナンバー001。
涙目で頼まれても、頷けない、身体だけの関係。
カノジョとキスをするより、携帯電話越しでも、彼女の声を聞くことの方が嬉しい。
肉体的な欲望を発散した後より、彼女と会った後の方が、気持ちよく眠れる。
その事実が示す真実から、目を背け、誤魔化し、自分の想いを偽ってきた。
例えば、が跡部の婚約者でなかったら、もっと素直に自分の新しい発見を喜べたのだろうか。
例えば、の大切なものが自分だったら、この胸の痛みも消え、靄はすっきりと晴れるのだろうか。
と会っていることを知っているはずの跡部は、相変わらず、女を変え、好き勝手に青春を謳歌している。
跡部の情報を持っていることを知っているはずのは、跡部のことを聞いてこようとはしない。
一体これは、何なんや。
跡部との関係は、婚約者。
なら、俺との関係は、何なんや。
忍足の趣味に合わせ、忍足とは、恋愛映画を観ていた。
映画館を出た途端、鳴り出したの携帯電話に、その相手に、忍足は忘れていた「目的」を思い出した。
「ごめんなさい、景吾さん。映画館で、電源を切っていたから…」
景吾さん。
そう、が呼ぶその相手は、彼女の婚約者。
「…え?日曜日?……分かったわ。…えぇ、そうする。じゃぁ、日曜日に」
携帯電話を畳み、丁寧にバッグに閉まったは、隣にいる忍足に頭を下げた。
「日曜日、やて?」
「本当にごめんなさい。忍足君の方が先約なのに、ごめんなさい」
日曜日、忍足とは、オープンしたばかりのイタリアン・レストランに行く約束をしていた。
「ええって。仕方ないやろ?」
「本当にごめんなさい」
跡部からの電話に、迷いもせずに自分との約束を反故にし、跡部を選ぶに、自分の前で懸命に謝るに、忍足は、何かが冷えていくのを感じた。
「しゃぁないやろ?跡部は大切な婚約者様で、俺はただの暇潰しなんやから」
自虐でも、自嘲でもなかった。
忍足が放ったのは、ただ、馬鹿にしたような、どうでもいいような、そんな言葉だった。
「…何、言ってるの?」
「結局そういうことやろ?」
「何…?」
「の大切なんは、婚約者の跡部で、俺はただの遊び相手やし」
「忍足君…?」
「俺のこと最低や、言うてたな。せやけど、お前さんも最低やわ」
忍足の冷たい目に、の表情が固まる。
「まぁ、俺もそれなりに楽しませてもろうたし、お互い様やな。一度くらい、寝てみても良かったかもしれへんけど」
の瞳が揺れても、忍足の言葉は止まらない。
「せやけど、もう飽きたし、ええ加減止め時やな。このまま相手しとっても、服は脱いでくれそうもあらへんし」
「…そんなことを思って、私と会ってたの?」
「当たり前やろ。お前さんの言う大切なもんを壊してみたかったけど、もう興味ないわ。くだらんし」
「そう…」
ぎゅっと鞄を握り締め、揺らぐの瞳からは、それでも涙がこぼれることはなかった。
「今まで相手をしてくれて、ありがとう。結構楽しかったけど、やっぱり、貴方は、最低」
「お互い様やろ?」
揺らいだ瞳で真っ直ぐに忍足を見たと、冷たい瞳でを上から見下ろした忍足は、別々の方向へと歩いていく。
背を向け合い、振り返ることもせず、は東へ、忍足は西へ、歩いていく。
これで、終わりだ。
もう2度と、メールをすることも、話すことも、会うこともない。
忍足とイタリアンを食べるはずだった日曜日。は、清楚なワンピースに身を包み、ホテルのラウンジにいた。
「景吾さん。私、初めて貴方のこと、嫌いになりそう」
「何だ、今更」
の横に立つ跡部は、上等そうなスーツに身を包み、2人の腕はつながれている。
「…忍足君、私達のこと、何も知らなかったのね」
「聞いてきたら言おうと思ってたけどな。結局あいつは、その話題を避けるだけだったぜ?」
「…初めて、こんなことをしてる自分が嫌になったわ」
跡部に寄り添うと、の腰に腕を回す跡部。周囲の者達には、仲の良い恋人同士にしか見えない。
「本気で惚れた奴ができたら、辞める、だったな。……辞めるか?」
いつもより覇気のないの頬に手を当て、聞いていた跡部に、は首を横に振る。
「もう…、終わっちゃった」
「忍足に話してやろうか?」
「いいの。私も自分から話さなかったし、彼も何も求めてなかったから」
もう終わり。
縋りつく。
彼にそう言ったのは自分なのに、何をすればいいのか解らない。
求めるものも、目指すものも違うなら、どうすればいいの?
大切なものを見つける前に、そのすべてはなくなってしまった気がする。
違う。きっと最初から、何もなかったんだ。
縋りつくものも何もないなら、思い出すたびに泣きそうになるこの胸の痛みは、どうすればいいの?
少し、仲良くなっただけ。そう思えただけ。
恋じゃない。大切な想いじゃない。未来はない。
だから、すぐに忘れられる…。
近付いてくる人物達に気付き、も跡部も、表情を変える。
「御無沙汰しています」
「こちらこそ。ご両親はお元気ですか?」
「はい。仕事が生き甲斐とばかりに、動き回っています」
初老の男性と、その娘に、跡部もも、礼儀正しく、丁寧に挨拶をする。
身を寄せ合ったまま、時々視線を交わしながら、歩くときは自然と腕を組み、お互いを想い合う婚約者を、演じた。