10月
中間考査の結果が貼り出されれば、やはりその上位には、跡部景吾との名前が順序良く、並んでいる。
たった3点差でも、そのトップの座を渡さないところが、跡部景吾の、彼たる所以なのかもしれない。
自分の順位など、結果表を貰った時点で知っているは、今更掲示板を見に行く気もなかったし、1位の人物を確かめる気もなかった。
どうせ、一緒なのだから、と。
にとって大事なのは、自分の順位が1桁だ、ということだけだった。
その当たり前のように1位の人物である跡部も、他の人間の成績になど興味はなかった。
1学期の中間・期末考査、2学期初旬の実力テストと、僅差で1位をキープしてきた跡部にとって、気になるのは自分の順位だけだ。
自分が1位なら、そのすぐ後ろにいる人物は決まっている。それを疑いもしていなかったし、それ以降の順位などに興味はない。
ただ、殆どの生徒は、自分には関係ないと解っていても、それが気になるものであり、掲示板の前には人だかりができる。
そうして有名人跡部景吾の名に納得し、そのすぐ下にあるの名に、「またか」と溜息をつくのだ。
今までは、本当に存在しているのかも認識されていない程度の、マネージャーだった。
部活中、がテニスコートにいくことは殆どないし、いつもいるのは、洗濯機の前か、部室の中か、用具室の中だ。
3年生が引退した今でもそれは変わらず、の仕事は、洗濯、掃除、洗い物、用具の手入れ等々、裏方専門だ。
あとは時々気まぐれに、データー整理やスコア整理を頼まれるだけだ。
別にそれを不満に思ったことはないし、笑顔でドリンクやタオルを配ったり、歓声を贈る気はにはないのだから、問題はない。
しかし、こうして何回も掲示板に名前が載り、しかもそれが跡部のすぐ後ろをキープしている。
しかもそれが男子テニス部のマネージャーだとなれば、生徒達の、特に女生徒の視線が多くなるのも、仕方がないのかもしれない。
「くだらない…」
は自分の靴箱の中を見て、そう呟いた。
あの状況でマネージャーに採用されたことには、少々のやっかみは仕方がないと思っている。
例え自分が好きでなったわけではないとしても、入学してからの半年でこの学園での男子テニス部の扱いを知った今は、尚更そう思う。
それでも、こんなことをされる覚えは、にはない。
泥に塗れた自分の靴を見て、は大きな溜息をついた。
「様」と、丁寧に書かれた差出人無記名の手紙は、そのままゴミ箱へ直行する。
靴箱に机、手紙が入っていたことは、これが初めてではない。は経験から、差出人がない手紙は開けないことにしている。
古典的にも、カッターの刃付の手紙を貰ったときは、そのくだらなさに呆れながらも、その労力には感心したものだ。
自分の指を傷つけないように、その細工をした器用さには、正直、頭が下がる。
だが、カッターの刃でできた傷は痛いのだ。ズキズキするし、冷たい水に触れるたびに、滲みる。
二度とあんなことはごめんだ。
差出人無記名の手紙2通はゴミ箱へ捨て、泥の詰まった靴は逆さにし、その中身を捨てた。
「汚い…」
ご丁寧に水も入れたらしく、ローファーの中敷は、茶色いままだ。
それでも意を決して足を踏み入れれば、グニャと、変な感触がする。
「……」
その感触に顔いっぱいに不快感を表しながらも、裸足で帰るわけにも行かず、はグシャグシャの靴を履いたまま、学校を後にした。
丁寧なお手紙は、週に1度は必ず頂く。直接、呼び出しを受けたのは、今まで2回だ。
その度には、そのくだらなさに辟易しながらも、丁寧に頭を下げてきた。
「テニス部の方々とは親しくありません。ケイタイの番号もメアドも知りません」と。
手紙や呼び出しなら、面倒だが、別にいい。最初のカッターはともかく、自分に被害はないのだから。
だが、物に手を出すのは、正直ご遠慮願いたい。
このローファー、洗えばまだ使えるかな…。
教科書はもちろん、辞書も参考書もジャージも、何ひとつとして、は学校に置いていくことはしない。
それはもちろん、それらが使えなくされることを避けるためだ。には新しいものを買う余裕などないのだから。
明日から靴はロッカーに入れよう。
グシャグシャと鳴る靴で歩きながら、はそう決めた。
ケイタイの番号もメルアドも知らない。
半分真実で、半分は嘘だ。
部活で必要だから、と、跡部にはの携帯電話の番号は知られている。
だが、は自分から携帯電話の番号も、メルアドも聞いたことはない。それは跡部に限らず、テニス部全員だ。
裏方にしかいないは、テニス部との付き合いなど、殆どない。せいぜい挨拶をする程度だ。
それでもの携帯電話の着暦に、登録されていない番号があるのは、の責任ではない。
「…あのね、大した用事もないのに、かけてこないでよ」
「ア?用があるから、わざわざ電話してんだろ」
「部活の買出しなんて、部活中に言えば済むことでしょ」
「確認だ、確認」
「……」
はぁ、一体何なのだ。
毎日のように、決まって夜10時頃、跡部はに電話をかけてくる。
別に長話をするわけではないが、わざわざ電話をする必要がある内容だったことは、一度としてない。
今日のように部の買出しの話だったり、本当にどうでもいいような、学校で誰がどうしたとかいう話だったり。
10月4日の跡部の誕生日には、「祝いがねぇ!」と怒鳴られ、電話口で「ハッピーバースディ♪」と歌わされた。
学校内で話しかけてくることはないから、もまだ大目に見てはいるが、これではまるで、仲の良いカップルのようだ。
「…あのさ、跡部君。他に電話する人、いないわけ?」
「アーン?別にお前だけに電話してるわけじゃねぇぜ」
「なら、他の人にしてよ。友達とか、彼女とか…」
別に話をするのが嫌なわけではないが、それでもこの電話越しの短い逢瀬が周囲に知られたら、と思うと、はぞっとする。
面倒ごとに巻き込まれるのは、ごめんだ。
「女なんか、煩くてしつこいだけじゃねぇか。電話なんかするわけねぇだろ」
「……」
一体こいつは、女性とどんなつきあい方をしているんだ、とは呆れる。
人気があるのは知っているし、女性の入れ代わりが激しいのも、噂でだが知っている。
それでもこうして本人の口から聞くと、跡部の女性に対する見方、というのを疑いたくなってしまう。
「…一応、私も女なんですけど」
「ア?それがどうした」
「煩くてしつこい女だから、相手にしない方がいいんじゃない?」
自分の発言と行動の矛盾さに気付いてくれるかと思ったが、すぐさま、それを期待した自分が馬鹿だったことを知る。
「そんなに相手にして欲しいなら、考えてやってもいいぜ?」
「いりません!」
携帯電話を折りたたみ、は通話を強制的に終了した。