12月



街中でジングル・ベルが鳴り響き、その活気が最高潮になる12月24日、クリスマス・イヴ。
そのイベントに煽られ、午前中だけとなった部活動を終え、はそれこそクリスマス・イヴの真っ只中にいた。
大きなクリスマス・ツリーと、所狭しと詰まれたギフト・ボックスの山。
そのイベントのメイン会場の裏で、制服であるサンタクロース風の衣装を着たは、バイトに勤しんでいた。

クリスマスは、はっきり言って稼ぎ時だ。時給も良いし、短期集中でバイトができる。
昨日までの3日間、は部活終了の時間から2時間、クリスマス・ケーキ作りに励んでいた。
今日はその販売会場の手伝いだ。次々と減っていくケーキを、奥の倉庫から売り場へと運んでいる。



「お疲れ様でしたー」
そんな言葉を交わし、イルミネーションと幸せな恋人達の街を抜け、数十分後、は漸く自分のアパートに着いた。
棒のようになった足を引き摺り、そのアパートの階段を上ろうとしたときだった。
自分の肩に手が置かれたのは。

「うぎゃあっ!」
小さな街灯だけの、薄暗い通りで、いきなり肩に手を置かれれば、誰でも驚くだろう。
もびくっと身体を揺らし、変な悲鳴を上げた。
「…もう少し色気のある声は出せねぇのかよ」
聞き覚えのある声に恐る恐る後ろを振り向けば、やはりそこにいたのは、予想通りの人物だった。
「びっくりした…」
いきなりの登場にもびっくりしたが、それよりもずっと無視し続けてきた人物が目の前に現れたことに、は動揺していた。

「話がある。少し付き合え」
「……」
「話を聞くまで、帰らねぇぞ」
無言のを車に押し込み、跡部とを乗せた車は動き出した。

抵抗も、反論もしなかった。
いつかこんな日が来るのではないか、と、は思っていた。
跡部景吾という人間は、自分が納得できないことを、そのままにしておくような人間ではないから。



車が止まった場所にドン、と構えるその家を見て、は「あぁ、これが噂のアトベッキンガムか…」などと思っていた。
車のドアを開ける運転手も、跡部を迎える執事やメイドも、には馴染みのないものだった。
通された跡部の私室も、確実にのアパートより広かった。

「で?話って何?」
座り心地のいいソファーに座り、温かい紅茶を口にしながら、は立ったままの跡部を見ずに訊いた。
彼の話など、大方予想はついているが、それでもは、それを自分から話すつもりはなかった。
「何でいきなり避け始めたんだ?」
やっぱり、そのことか。
「別に。だって、どう考えても不自然でしょ?」
「ア?」
「跡部君の彼女にも悪いし、別に話すことなんてないし」
「…それでお前は今日、男とよろしくしてたわけか」
「…はい?」
妙な言葉にが顔を上げたときには、既に、跡部の顔が目の前にあった。

「ちょ…っ、ん…!!」

バシンッ

が振り上げた手が跡部の頬に到着し、漸くお互いの唇は離れた。

「何すんのよ!」
「俺を避けといて、男といんじゃねぇ!」
自分を叩いた小さな手を掴み、跡部はの顔のすぐ前で、叫んだ。
「何の話よ!バイトしてただけじゃない!」
「……」
呆けた表情の跡部から無理矢理自分の手を取り戻し、は自分の唇を押さえた。
「大体跡部君には関係ないでしょ。つきあってるわけじゃあるまいし…って、何してんのよ」
自分の隣に座り、肩に腕を回してくる跡部から、はもがき、逃げた。
広いソファーの端まで逃げたに、跡部は覆い被さり、今度は叩かれないよう、の両手を掴んだ。
「…何?」
何故こんな状況になっているのか、には全く理解できない。
「ひゃぁっ」
大きな男に身体の動きを封じられ、何故その唇が自分の頬に何度も触れるのか。全く解らない。
その唇が、だんだんと自分の唇に近付いてきて、は顔を逸らした。
「逃げてんじゃねぇよ」
「…何なのよ、一体」
「いいから、こっち向け」
冗談ではない。彼の方を向いたら、確実に唇は奪われる。
は押さえ込まれた身体をもぞもぞと動かし、どうにか脚を蹴り上げた。

ドカッ

の蹴り上げた足は、見事、跡部の腹に当たり、彼はその衝撃に、の腕を離し、後ろによろける。
「…てめ、それでも女か」
腹を押さえ、顔を顰める跡部を、は見上げる。
「遊び相手ならたくさんいるでしょ?」
「ア?」
「おふざけなら他の女相手にしてよ」
「……」
黙り込み、真剣な表情で自分を見つめる跡部に、の鼓動が速くなる。


「もしかして…、私に惚れちゃってるの?」

間違いであって欲しかった。ただの勘違いだと。
だが、少しの沈黙の後、跡部の口から出てきた言葉は、の希望を打ち砕くものだった。

「他の女にわざわざ会いに行ったことも、この部屋に入れたこともねぇよ」

跡部は、たった今、確信した。
目の前にいる女、にイカれてしまっているのだ、と。


最初はただ、何となく気になっただけだった。
自分のトップを脅かしそうな成績を取る女に、自分の予想を裏切ってばかりいる女に。
眠り込んだを自分の腕に抱いたとき、何故か切ない、熱い気持ちを感じた。
眠り込むは小さく見え、チョコレートを頬張るは可愛く見えた。
毎晩のように電話をしていたのも、ただ気になっただけ、単なる気まぐれで暇潰しだと思っていた。
いきなり着信拒否までして、自分を避け始めたにムカついたものの、それだけだと思っていた。
だから、クリスマス・イヴに急いで帰ったに、何故こんなにも腹が立ったのか、解らなかった。

だが、にその事実を問われ、それを否定する言葉も、心も、跡部にはなかったのだ。
惚れているのか?
そう問われれば、何故か素直に、そうだと思える。
何故こんなに気になるのか、何故こんなにもムカつくのか、何故こんなにも執着するのか。
問われてみれば、単純で、簡単なことだった。


「…勘弁して」
「アァ?」
頭を抱え込んだに、跡部は苛立った。
イヴにバイトに励むような女に男がいるとは思えない。毎晩の電話から、自分が嫌われているわけではないことも解っている。
それなのに、本当に困ったように項垂れるに、跡部はムカついた。
「ごめん。聞かなかったことにする」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
「本当に無理」
「…男でもいんのか?」
「いない」
いないだろうとは予想していても、の口からその事実を確かめたとき、跡部はホッとした。
「なら何の問題もねぇじゃねぇか」
既にが別の男のものなら、ハラワタが煮えくり返るほどムカつく。そうじゃないなら、何の問題もない。
想う男がいたとしても、自分がそいつに負けるとは、跡部は思わない。

得意そうに「問題ない」と言った跡部に、は視線を上げた。
そこにいたのは、やはり自信満々で、俺様な跡部景吾だった。
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、本当に無理」
「片思いでもしてんのか?」
そうだ、と言えば良かったのかもしれない。
だが、自分の前に跪き、目線を合わせ、真剣な表情で聞いてくる跡部に、は嘘をつくことができなかった。
「…してない」
「俺が嫌いか?声を聞くのも嫌なくらい、俺のことが嫌いなのか?」
「そうじゃない!」
「なら問題ねぇ。これから俺に惚れればいい話だ」
「……」
ドキドキしてしまう。
すぐ目の前で、綺麗な瞳に見つめられ、優しく頬に触れられ、こんな熱い言葉を言われて、胸を高鳴らせないことなど無理だ。
必死に押さえようとしても、頬が熱くなるのも、跡部の瞳に映る自分を確認するのも、には止めることはできなかった。
…」
名前を呼ばれ、近づいてくる跡部の顔に、はそのまま瞳を閉じそうになった。
だが、寸前で顔を逸らし、跡部の唇は、の頬に当たった。

「…問題は、いっぱいあるの」
「他の女共なら気にすんな。おもしろくねぇけど、周りにバラすつもりはねぇよ。煩ぇしな」
「それもそうだけど…」
逸らしたの顔を押さえ、頬や耳、首筋に唇を寄せてくる跡部に、のドキドキは高まる一方だった。
、初めて本気で惚れたんだ。断んじゃねぇよ」
頬を両手で挟まれ、顔の向きを変えさせられたときも、決して強い力ではなかったのに、は抵抗できなかった。

「俺様に惚れちまえよ」

重なった唇は、とても熱く、とても優しかった。







                                                                         戻る