1月



新しい年の最初の日、が一緒にいたのは、何故か彼だった。


別につきあうことを了承したわけではない。
イヴの夜、アパートまで送ってくれた跡部に優しいキスをされても、は拒まなかっただけだ。
学校では今までどおり。誰にも2人のことを話さない、バレないようにする。携帯電話から連絡しない。
が跡部に約束させることができたのは、これだけだった。
翌日、知らない番号から電話をかけてきた跡部は、「新しい携帯電話を買った」と言った。
それは専用で、他の誰もその番号を知らない携帯電話だ、と。
指紋センサーの掛けられたその携帯電話を扱うことは、自分以外の誰にもできない、と。

年の終わる数時間前にのアパートを訪れた跡部は、帰るように言うを無視し、そのままそこで新年を迎えた。
親もいない、数人の使用人がいるだけの家で新年を迎えるつもりはない、と言って。

「Happy New Year」の言葉と共に贈られたキスも、はやはり、拒むことができなかった。


「…いい加減に帰ったら?」
のアパートで新年を迎え、そのまま居続ける跡部に、は呆れながら言った。
正月は独りで迎えるものだと思っていたから、誰かがいるのは嬉しいが、今日は既に1月3日だ。
着替えすら持ち込んでいる彼の強引さに、は本当に呆れていた。
「家の連中は知ってるし、問題ねぇよ」
「そうじゃなくて、ほら、お仲間達と初詣に行くとか」
「俺は今、ニースにいることになってんだ。初詣になんか行くわけねぇだろ」
の狭いアパートで我が家のように寛いでいる跡部に、は大きな溜息をついた。
わざわざそんな嘘をついてまでここにいる必要が、本当にあるのだろうか。


狭い、ぼろいだの、何だかんだと文句を言いつつ、それでも彼は出て行こうとしない。
別に何かがあるわけではない。
出されたお茶に「庶民だな」と言いながらも、しっかり飲むし、食事だって文句言わずに食べる。
「風呂が狭い」と言いながら、シルクのパジャマを着て出てくる。
「狭い、硬い」と文句を言ったベッドに、が嫌がるのも聞かず、侵入してくる。
身体を寄せ合うしかないその狭いベッドで、跡部はをしっかりと抱きながら、眠りに就く。
何があるわけでもない。
時々キスはしてくるが、それ以上のことをしようとするわけでもなく、ただ、一緒にいるだけだ。
始めは全然眠れなかったも、それが2日目、3日目ともなれば、恥ずかしさやドキドキより、睡眠欲の方が勝っていた。


ベッドをソファー代わりに、には理解できない文字で綴られた本を呼んでいる跡部の隣に、も座る。
「で、跡部君はいつ、ニースから帰って来る予定なの?」
「明日だ。5日からは部活があるからな」
ということは、おそらくもう1泊するつもりなのだろう。
はぁ、と溜息をつき、は立ち上がった。
「夕飯は何がいい?」
「何でもいいぜ」
初日に跡部が持ってきた、跡部家特製の豪華なお節は、既に食べ尽した。
昼食のオムライスも文句言わずに食べたのだから、別に何でも構わないのだろう。
冷蔵庫の中身を考えつつ、は夕飯を作るために、数歩歩けば着く台所へと向かった。



冷凍していたハンバーグをシチューで煮込み、野菜を添えただけの夕飯を、跡部は何も言わずに食べる。
「…ねぇ、口に合うの?」
特別なものなど何も入っていない。
ハンバーグはひき肉の安売りのときに作ったものだし、シチューだってただの牛乳と小麦粉、コンソメスープだ。生クリームさえ入っていない。
「不味くはねぇよ」
「……」
褒められているのか、貶されているのか。
おそらくプロの料理人の食事ばかりを食べている跡部が、それでも文句を言わないのだから、それでいいのかもしれない。
はそう考えることにし、自分の食事に手をつけ始めた。


「ねぇ、跡部君」
部屋の灯りを消し、当たり前のように狭いベッドの中でに腕を回してくる跡部をは見上げた。
跡部が着ているのはシルクのパジャマ。値段なんか知らない。が着ているのは、2着で3千円というパジャマだ。
「学校が始まってからも、こうして来たりしないよね?」
「さすがに無理だな。家も空けられないしな」
「良かった…」
は心からそう思った。
正直、彼とこうしてくっついていては、熟睡など絶対できない。
「土曜は部活午前中だけだし、今度はうちに泊まりに来いよ」
「は?」
「日曜の夜には送ってやる。ここにいるより安全だぜ?」
確かに安全は安全だろう。
オートロックでもない、外に出れば他人の目があるこことは違い、跡部の家は高い塀と優秀な使用人に囲まれているのだから。
だが、には跡部の家に泊まりにいく理由はない。

「あの…」
「来ねぇなら、学校から直接掻っ攫うだけだぜ」
丁寧にお断りを入れようと思ったの言葉を遮り、跡部は宣言した。
がそう感じたように、きっと、跡部は本当にそうするつもりなのだろう。
「もう寝ろ」
ぎゅっとを抱く腕に力を込め、目を閉じた跡部に呆れながらも、もまた、広い胸に包まれ、瞼を下ろした。



惚れちゃっているのか、いかれちゃっているのか、にはまだ、解らない。
ただ、広く温かい胸は何故か安心でき、力強い腕は、守られているかのような錯覚を起こさせる。
側にいると高鳴る胸の理由は、まだ認めたくない。
キスをされるたびに痛む胸の原因には、まだ気付きたくない。
誰かに愛され、必要だと言われるのは、母を亡くして以来、初めてのことだった。
自分を「いらない」と、「迷惑だ」という人間を、は知っている。
だからこそ、こんなにも人の体温が恋しいだけなのだ。

は無理矢理、そう、自分に言い聞かせていた。







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