9月



俺様で偉そうで、人の話を聞かない、いつでも他人の注目の中にいる奴。そんな奴と仲良くなりたい?
私、の場合、答えは断然、ノーだ。



「げ…」

部活のない放課後、立ち寄った本屋のレジで彼に出くわしたとき、は思わずそう言ってしまった。
機嫌を悪くした相手を見て、ヤバイとは思ったものの、一度出てしまった言葉はしっかり伝わってしまったようだ。
「てめぇ…」
「いや…、ね。跡部君が本屋に来るとは思わなかったので」
彼の手元には、どこの国のものか解らない洋書2冊とクレジット・カード。
の手元には、『簡単!すぐできる節約料理』と、図書カード。
それぞれ包装紙に入った書籍を受け取り、本屋を出た。

「では、さようなら」
バシッ
「痛ッ!」
歩き出そうとしたの頭は、跡部の買った本に叩かれた。
「何すんのよ!」
「暇なら付き合え」
「生憎、暇じゃありません」
「行くぞ」
腕を掴み歩き出す跡部と、引き摺られていく
「暇じゃないって言ってるでしょ!」というの叫びは、ものの見事に無視された。


「暇じゃないって言ってるのに…」
高そうなカフェで、やっぱり高い値段が書かれたメニューを見ながら、2人は向かい合っていた。
「いつまで言ってやがるんだ。何にするか決めたのか?」
「……」
メニューを見ながら、は悩む。別に用事があるわけではないが、こんなところでお茶を楽しむ気分でもない。

大体、何でコーヒーが700円もするのよ。さっきの雑誌より高いじゃない…。

はメニューを置き、跡部を見た。
「決めたか?」
「水」
「は?」
「こんなところでお金使う余裕は私にはないの」
きっぱりと宣言したに、跡部は一瞬目を丸くしたものの、すぐに笑った。
「俺様が女に金払わせるかよ。気にせず好きなもん頼め」
「…後で返せ、とか言わない?」
「言うかよ」
「見返り要求したり」
「しねぇよ!早く選べ!」
人の好意は素直に受け取る。貧乏生活でが学んだことだ。但し、そこに裏がないのなら、の話だが。

十数分後、跡部の前には紅茶が置かれ、の前にはチョコレート・ケーキとコーヒーが並べられた。
「美味しい!」
初めて食べたそのケーキは、チョコレート好きのにとっては、ほっぺたが落ちるのではないかと思うほど、美味しかった。
「…お前、貧乏か」
「ま、そうかもね」
別にお金がないわけではない。ただ、使えるお金がないだけなのだが、それでも貧乏には変わりないだろう。
「よく氷帝に通ってるな」
「奨学金だから」
別に希望したわけでも何でもないが、は氷帝学園に通っている。
馬鹿高い学費で有名なこの学校に、はその殆どを免除という奨学金制度で通っているのだ。
「それであの成績か」
「まぁね。一桁切ったら、奨学金下りないし」
ふわふわのスポンジに、ナッツの食感が堪らない。いつも飲んでいるインスタントと違い、コーヒーも美味しかった。
「…それ、そんなに美味いか?」
笑顔で本当に嬉しそうに食べる。甘いものなどあまり食べない跡部が、不思議そうにその様子を見る。
「すごく美味しい。跡部君は食べなくていいの?」
「俺はいい」
紅茶だけの跡部を見て、はもったいないと思う。こんなに美味しいのに…。
「食べる?」
「…いらねぇよ!」
フォークに刺したケーキを差し出したに、少し照れた様子の跡部が、彼女は少し可愛く思えた。
「チョコレートが大好きなの。これは甘すぎなくて、本当に好み」
「チョコレートねぇ…。ジローなんかはよく食ってるけどな」
「私が好きなのは、少し苦めのやつかな。カカオの香りがするのが好き」

大好き、好み、好き。
そんな台詞がの口から出るたび、跡部は何故か、少しだけ、ドキッとしていた。


「ご馳走様でした!」
深々と頭を下げたに、跡部は、「気にすんな」とだけ言い、今度こそ本当に、2人は別の方向へ歩き出した。
跡部がを呼び止めることも、が跡部を振り返ることもなかった。


ポス…
翌週、部室で洗濯物を畳んでいるの目の前に置かれたのは、小さな紙袋。
「…何これ?」
「親が送ってきた。お前にくれてやる」
紙袋を置いた人物はそれだけを言って、そのまま部室を出、練習へと戻って行った。

「……?」
何の変哲もない、ただの無地の紙袋を開けると、中から綺麗な缶が出てきた。
「これ…」
その間に書かれた文字を見て、は自分が笑顔になるのが分かった。
有名なベルギーのチョコレート・ブランド。
日本で手に入れるのが難しくなくなった今でも、には高すぎて手の出せないチョコレート。
それをポンとくれてしまう彼に呆れながら、自分のものになったそれが、は宝物のように思えた。


家で丁寧に缶を空け、5個だけ入っている宝石のようなチョコレートを、一粒、口に入れる。
舌の上で溶け、口の中いっぱいに、芳醇なカカオの香りが漂う。甘すぎない、少し苦味の残る、小さなチョコレート。

がチョコレート好きなのは、母親の影響だ。
幼い頃、特別な日はいつも、家はチョコレートの香りで満たされていた。誕生日もクリスマスも感謝祭も、いつでもチョコレートだった。
本当に幼い頃、「一個だけよ」と言って母がくれた、あのチョコレート。
チョコレートでコーティングされたケーキの上で、自分の年の数だけ蝋燭が燃えていた。
チョコレートの香りと味は、いつでもに、今はもういない母親を、今はもうない愛情を思い出させる。

ひとつだけ空席になった缶のその蓋を閉め、は冷蔵庫にしまった。



俺様で偉そうで、人の話を聞かない、いつでも他人の注目の中にいる奴。そんな奴と仲良くなりたいか?
答えは、ノー。

でも、こんな幸せをくれるなら、少しだけ、感謝してもいいのかもしれない。







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