5月
新入生の仮入部期間が終わったとき、男子テニス部には新しいマネージャーが5人、増えていた。
そしてその数日前、は男子テニス部顧問に、退部届けを提出していた。
「本当にいいのか?内申にひびくぞ?」
「構いません。お世話になりました」
部長にも山之内先輩にも既に話してある。
1年間のの頑張りを知っている2人は考え直すように言ってくれたが、は頑なにそれを受けようとはしなかった。
「今までお世話になりました。もうお手伝いはできませんけど、頑張ってください」
仮入部の新入生が正式な部員となったその日、は男子テニス部を退部した。
「ちゃん、本当にいいの?」
「そうよ。折角今まで一緒に頑張ってきたのにぃ」
自分のロッカーを片付けるに、マネージャー代表の山之内と、2年の代表である亜樹が声を掛ける。
亜樹のその白々しさにウンザリしながらも、はそれを表には出さず、2人に頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。お世話になりました」
例え裏方だけだったとしても、テニスに一生懸命な彼らの手伝いをするのは、それなりに楽しかった。
それでも、はここに残る気はない。
マネージャーを辞めても、増やした生活費はそのまま。
それならば、別にどうでもいい。
亜樹の支配下を抜けられるのなら、例え部員たちの手伝いができなくなっても良かった。
少しの未練は残るが、それよりも、生活を守るほうが大事だった。
「…ったく、俺に何も言わねぇで勝手に辞めやがって」
「ごめんね?」
どこか不機嫌さを拭いきれない跡部の横で、はただ、そう言うしかなかった。
「…ま、別にいいけどよ。でも、何で突然辞めたんだ?」
「ん…、保護者がね、2年生だし、学業に専念しなさい、って」
「……」
の母親が数年前に亡くなり、今は離婚した父親が保護者であることは、跡部も知っている。
新しい家庭がある父親と離れて暮らしていることも。
だが、実の父親をは必ず「保護者」とか「あの人」と呼ぶ。それが跡部には気になっていた。
仲が良くないだろうことは判るが、それでも最低限の生活費だけを与え、まだ高校生の娘に関心のないその父親を、跡部は好きにはなれない。
「…ま、お前がそれでいいなら俺は別に構わねぇよ」
「うん…」
跡部の腕の中で、はゆっくりと瞳を閉じる。
麗らかな初夏の陽気の中で、はその温かさに身を預けた。
テニス部に入るのも、辞めるのも、すべて亜樹の思うとおり。
それは決して愉快なことではないが、それでもこうして彼と一緒にことができるのも、間違いなくそのおかげだ。
跡部がテニスに打ち込む姿を見ることができないのは、少しだけ寂しい。
だが、テニス部という共通点が無くなったとしても、彼との関係が無くなるわけではない。
なら、別に構わない。
失いたくないものは、まだこの手に繋がれているのだから。
「そういや、修学旅行、お前誰と一緒なんだ?」
「忍足君と芥川君。それに女子がもう1人」
「あいつらと一緒か…」
「その子がね、芥川君といい感じなの。だから修学旅行でそうなればいいな、って」
ジローのコイバナなんか、跡部には興味がない。
「…お前、水着は?」
「買ったよ?」
「どんなやつだ?」
「どんなって…、チェックのビキニ。けっこう可愛いんだよ?」
水着は結構痛い出費だったが、修学旅行先のグアムには欠かせない。
バイトも増やしたことだし、と、水着と服を数着、は購入していた。
「やめとけ」
「は?」
「俺が買ってやるから、ワンピースにしとけ」
「絶対イヤ!」
断固として言い張ったに、跡部は大きな溜息をつく。
威張れるようなスタイルではないが、買ったチェックのビキニも、それを着た自分もは結構気に入っていた。
跡部に何と言われようと、それを着ようと決めているのだ。
「あの水着着るために今、腹筋頑張ってるんだから、絶対イヤ!」
跡部に「太った」と言われたあの日から、は毎日ウエストを細くするエクササイズに励んでいる。
そんなのウエストに、跡部は自分の手を当てたが、大して変わっていないように感じる。
「ね?少し細くなったと思わない?」
「そうか?」
「もう!確かにサイズは変わらないけど…」
不満そうに呟いたのウエストを掴み、そう言えばすこし硬くなったかもしれない、と、跡部は感じた。
「お前…、やめとけって言っただろ」
「イヤ!来月までに絶対サイズダウンしてみせるんだから」
「…頼むから、程々にしとけ。割れた腹筋なんて見たくねぇ」
項垂れるように自分の肩に頭を乗せた跡部に、は「そこまでしない!」と叫んだ。
初夏の香りは、もう、すぐそこにまで来ていた。