拝啓 新春の候
皆々様には ますますのご清祥のことと お喜び申し上げます
さて このたび 私どもの結婚が整い 結婚式を挙げることとなりました
日ごろお世話になっております皆様に 立会人となって見守っていただきたく存じます
ご多忙中 誠に恐縮ではございますが なにとぞご臨席賜りますよう ご案内申し上げます
そんなおめでたい文章の下には、彼女らしい文字で「できちゃった!」と書かれていた。
Epilogue
「デキ婚かよ。計画性のねぇ奴ら」
「いいじゃない。幸せそうだもの」
同封された写真の2人は、ピースサインまでして、本当に幸せそうだ。
同じ宛先に、2封一緒に届いた招待状は、学生時代からの友人達のものだった。
「しかも、何だよ。普通、出欠の返事を送り返すもんだろ?」
「そうだけど。でも、出席するでしょ?」
「まぁな」
普通、出欠席の返事を出すはずの返信用葉書には、大きなマジックで『出席決定!』と、書かれていた。
彼ららしい、その招待状に、2人は呆れながらも、笑みを零さずにはいられなかった。
高い空で太陽が輝く、このロングビーチの家で、跡部とは、その招待状をボードに貼り付けた。
忘れるつもりなどないが、こうして幸せな報せを貼っておけば、自分たちもあたたかい気持ちになることができる。
氷帝学園の校門で別れたあの日から、6年。
その後も何度か、彼らとは会っているが、このアメリカの地と日本では、その交流も数えるほどだ。
懐かしささえ感じる友人たちの顔を思い浮かべれば、跡部とは自然と肩を寄せ合い、そのぬくもりを伝え合う。
跡部が日本の大学に通う4年間、この2人の間には、今の彼らとの間にあるものと同じ、距離があった。
全く会えないわけではない。
それでも、年に1、2回しか触れ合えない中で、その想いは何度も離れそうになった。
ダンの秘書として、社会人としての生活をアメリカで送ると、
大学生として、決して手を抜かずに首席で卒業した跡部。
だが今は、こうして一緒にいる。
ダンの秘書を続けると、そのダンの下で、まるで手足のように使われる部下、跡部景吾として。
大学の卒業を待って渡米した跡部を待っていたのは、「私が認めない男に娘はやらない」という、ダンの宣言だった。
それからというもの、跡部は毎日のように厳しい上司の下で、走り回っている。
それでも、こうして家に帰れば、がいる。
新しく借りたアパートメントで、2人一緒に暮らす日々が待っている。
仕事は忙しく大変だが、それでもそれにやりがいを感じるのも現実で、今ではすっかりダンの左手として、周囲に認められている。
「…あいつがそんな長い休みをくれると思うか?」
「大丈夫よ。ダンだって鬼じゃないんだから」
はそう言うものの、跡部にしてみれば、彼は鬼に等しいとさえ思う。
仕事場においてはにも厳しいが、それでもプライベートでさえ跡部に向けられるのは、明らかな値踏みだ。
娘の相手として相応しいか。
跡部は常に、そんなダンの視線に晒されている気がする。
仕事をし始めて1年で、漸く一緒に住むことを認めてもらえた。
一流企業の社員として、収入はそれなりにある。
自分の力で、の薬指にはめる指輪を買えるくらいには、充分なほどに。
それでも、保護者であるダンの許しがない限り、跡部はそれをするつもりはなかった。
ボードで幸せそうに微笑む、自分と同じ年の友人たち。
自分が同じようにその幸せを掴むのは、一体いつになるのか。
跡部はその羨ましい友人の招待状に、大きな溜息を吐いた。
「莉子!すっごくきれい!」
「ごめんね〜、急で。おなかが目立たないうちに、って思ってさ」
まだぺったんこのおなかに手を当てる花嫁は、この世で一番の幸せをその身で表していた。
「まぁ、結婚の予定はもう少し先だったんだけど、できちゃったしね」
そう言いながらも微笑む彼女は、やはり幸せそうだ。
「ジロー、おめでとさん」
「サンキュー、侑士。おやじさんには、殴られちったけど」
「ま、それくらい仕方ないやろ」
「エヘヘ」
照れ笑いを浮かべる新郎は、あの頃のあどけなさを残したまま、それでも数ヵ月後には、立派な父親になろうとしている。
「跡部もあんがとね。忙しかったんでしょ?」
「あ?気にすんじゃねぇよ」
学校を卒業し、社会人となり、こうして「大人」と呼ばれる年齢になっても、
こうして集えば、学生の頃のように、あたたかい仲間がいる。
スーツを着ても違和感のない年齢になっても、ここにあるのは、あの頃と変わらない友情だ。
「景ちゃんの方が先やと思うたんやけど、ジローに先越されたな?」
「うるせーよ」
「景ちゃんも、孕ませてみたらえぇんとちゃう?」
「んなことしたら、殺されるぜ」
もし、本当にそんなことになったら、殴られるだけでは済まないだろう。
親バカすぎる保護者を思い出し、跡部は背筋が寒くなる気がした。
「本当に、きれい…」
神父の前で誓いのキスを交わす莉子とジローに、は涙を流している。
真っ白なウエディングドレスと、愛する人と。
いつかそんな日をと、想像せずにはいられない。
友人の結婚に、自分たちの将来を想像するのは、だけではない。
の隣にいる跡部もまた、ウエディングドレスのの手を取る自分を想像していた。
はっきり言って、ダンのことは嫌いではない。厳しさはあるものの、むしろ、好きだと言える。
一度は別れを選んだ自分たちを、再び寄り合わせてくれたのは、間違いなく彼だし、
に対する態度を見れば、同じくらいを愛しているのだと解る。
だからこそ、跡部は、ダンの許しが欲しいのだ。
を愛する者同士だからこそ、許しを得、祝福の中でその日を迎えたい。
だが、一向にその気配はない。
一緒に仕事をしていれば痛感する。ダンという男の、そのすごさに。
優秀な人材を集め、その信頼を勝ち取っているそのカリスマ。
大勢の社員のトップに立ち、その責任を背負い続ける強さ。
自分の学生時代を思い出さないでもないが、それでも、学校と社会では、全く話が違ってくる。
自分があの男と並べるのは、あの男を抜けるのは、いつのことなのか。
それは、遠い遠い未来のことのような気がする。
そこへと繋がる道がないわけではないが、それでもその道は、果てしなく遠く、険しいもののような気がする。
「ねぇ、景吾。私も、あんなふうに式を挙げたいな」
皆に祝福され、ライスシャワーの中を通る2人に、跡部もそんな未来をにやりたいと思う。
「ダンが許せばな。俺があいつを超えるのは、まだまだ先だと思うけどな」
「クス」
彼らしくない弱気な発言に、は思わず、笑いを零した。
「笑い事じゃねぇよ」
「だって…クスクス」
拗ねたような跡部に、は笑いが止まらない。
「景吾とダンじゃ、年も経験も全然違うんだから、そんなの当たり前じゃない」
「ならあいつが引退するまで、結婚はできねぇな」
「一体いつのことよ」
ダンはまだまだ現役だ。その長い長い先を思えば、跡部は頭が痛くなる。
年齢も、経験も、それは永遠に追い越すことのできない問題だ。
「景吾、知ってた?」
「何がだよ」
「ダン、とっくに景吾のこと、認めてるのよ?」
「あぁ?」
今初めて知らされたその事実に、跡部は信じられないと、を睨みつける。
「だって、式は家でやるって、庭の改装始めてるし、デザイナーにドレスの予約までしてるし」
「…マジかよ」
「本当。あとは景吾次第よ?ダンに立ち向かう勇気はある?」
そんなもの、と跡部は思う。
高校3年生の冬、日本に来たダンに対峙したときから、その覚悟はできている。
「俺様を誰だと思ってんだよ」
跡部の顔は、自信で溢れていた。
「跡部景吾サマでしょ?」
微笑みながら言うに、跡部も彼特有の俺様な笑みを向ける。
「当たり前だろ?」
「行っきま〜す!」
大きな宣言と共に投げられた花嫁のブーケは、まるで狙ったようにの手の中へ落ちてきた。
悔しがる女性たちの中で、はにっこりと笑う莉子と目が合った。
強豪氷帝女子バレー部で、アタッカーを勤め上げた莉子は、にウインクして見せた。
「次に結婚できるんだろ?」
「そういう言い伝えだけどね」
微笑み合ったと跡部の間で、白い百合のブーケが輝いている。
きっと、その幸せな言い伝えが叶えられる日も、そう遠くはない、未来の出来事。
永遠の時を誓った友人たちのように、近い将来、2人にも、久遠の誓いを宣言する日が、必ず…。
The End